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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)1653号 決定 1995年12月21日

債権者

上野義和

右代理人弁護士

村松昭夫

債務者

インチケープ マーケティングジャパン株式会社

右代表者代表取締役

アラン ジョン カトリング

右代理人弁護士

福島正

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立て費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が、債務者に対して、従業員の地位を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成七年六月七日以降本案判決の確定する日まで、毎月二五日限り金二六万四〇〇九円を仮に支払え。

三  申立て費用は債務者の負担とする。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実等

1  債務者は、各種物品の売買及び輸出入業、製造加工業及び請負業、機械類の修理及び据付工事請負並びに賃貸借及び管理業等を事業内容としている。

2  債権者は、平成三年五月にドッドウェル・エンド・コムパニーリミテッド(以下、「ドッドウェル社」という。)に入社し、右会社が平成七年三月一日付けで分離再編成され、分離再編成後の債権者の所属は、債務者のインダストリアル事業のドミノインクジェット部であり、その勤務先は大阪技術サービスセンターである。債権者は、インクジェットプリンターの修理・点検、取扱い説明、据え付け、立ち上げ等のサービスエンジニアの業務を担当していた。なお、インクジェットプリンターとは、高速・無接触方式の印字機のことであり、この機械は製品などにマーキングするときに使用されるものである。

債権者の解雇前三か月の給与の平均は、二六万四〇〇九円である。

3  債務者は、平成七年四月二六日、債権者に対して、同年六月三〇日付けで退社するよう退職勧告をした。そして、債権者がこれを拒否すると、同年五月二日付けで就業規則三九条二項(勤怠が不良もしくは勤務成績が著しく不良で、改善の見込みがないと会社が認めたとき)に該当するとして、六月七日付けの解雇通知をした(以下、「本件解雇」という。)。

二  争点

1  本件解雇につき解雇理由が認められるか。

2  本件解雇手続きは適正か。

3  保全の必要性が認められるか。

本件における当事者の主張は、債権者の仮処分命令申立書、一九九五年七月一八日付け、同年八月二五日付け及び同年一〇月三〇日付け(二通)各主張書面並びに債務者の答弁書、平成七年七月三日付け、同月二四日付け、同年八月一日付け、同年一〇月二日付け及び同月二四日付け各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

(一) 積水ハウス兵庫の件について

(1) 債務者は、顧客である積水ハウス株式会社兵庫工場に、インクジェットプリンターを納入していたが、その事前立ち上げ(会社内で納入に先立って行う。)や据え付けは債権者が担当した。ところが、ノズル詰まりが頻発し、債権者が再三同工場に修理のため赴いていた。

(2) 債権者は、平成六年三月三一日、ノズル詰まりを解決するためにインクを交換することになり、同工場に赴いた。そして、インクジェットプリンターのタンク内に残留しているインクを抜き取り、真水でタンクを洗い、その後持参した新しいインクをタンク内に注入した。タンク内の洗浄に使った廃液は、持参した容器に入れて会社に持ち帰らなければならないのであるが、債権者は廃液を工場の排水溝に無断で捨ててしまい、そのまま帰社した。タンクから抜き取った古いインクは、会社に持ち帰ってきたが、右廃液も同様に会社に持ち帰るべきであった。

(3) 翌四月一日、排水溝にインクが油膜状に大量に浮遊していることにより異常に気がついた積水ハウスから債務者(ドミノインクジェット部大阪営業部の林佳男営業課長)に苦情の電話があった。当初の苦情の趣旨は、「工場の溝にインクが大量にこぼれており、排水溝に一五〇メートルにわたって流れている。一体どうなっているのか。」というものであり、その後の電話においては、「場合によってはお宅に弁償を要求することも考えている。」という厳しい内容のものであった。林が、サービスセンターの債権者に架電し、早急に対処するよう指示したところ、債権者は「他の仕事があって行けない。そんなに言うなら、林さんが自分で行ってくれ。」と言う始末であった。しかし、その後も積水ハウスからは、「早く何とかしろ。」という苦情が再三にわたってサービスセンターにもなされたので、債権者は兵庫工場に赴き、排水溝を一五〇メートルにわたって清掃した。

(4) 債権者は、四月一四日付けで、筒井部長に宛てて報告書(<証拠略>)を提出し、さらに同月二七日付けで始末書(<証拠略>)を提出した。

債権者は、新田課長から交換したインクを捨ててこいといわれたと主張するが、右に一応認定した通り債権者も交換したインクは持ち帰っているのであるし、右主張を一応認めるに足りる疎明はない。

(二) 三木ミノルタの件について

(1) 平成六年五月一九日、三木ミノルタ工業株式会社の担当者からサービスセンターに電話があり、インクジェットプリンターのノズル詰まりが発生したのでサービスマンに機械を見に来て欲しいとの依頼があった。ところが、この電話に対応した債権者は「それでも講習を受けたのですか。自分でできないんですか。」などとサービスマンとしては考えられないような非常識な発言を行い、顧客の申し入れを拒絶した。この講習とは、インクジェットプリンターの取扱い方法等に関する債務者のサービスマンによる説明・指導のことである。

(2) 三木ミノルタでは、債権者から修理を拒絶されたため、自分でノズル詰まりの修理を試みたようであるが、初めてのこともあってうまくいかず、結局債務者に再度の修理の依頼があり、同月二〇日、債権者が修理のため三木ミノルタに赴いた。ところが、ノズルのOリングが見あたらなかったため、債権者は三木ミノルタが紛失したものと判断し、保証期間内ではあったがユーザーの責めに帰すべき出張であるとして、出張費用の請求を起こすよう報告した。

(3) 三木ミノルタの中川係長からは、林に対し苦情があり、「お宅のサービスマンは、私が修理を頼んだときに『それでも講習を受けたのですか。自分でできないんですか。』などと、きつい言い方をした。客に対してもうちょっと言い方があるのではないか。あそこまで言われたら自分で修理をせざるを得ない。そのために保証期間内なのに出張費用を請求されることになったが、いいですよ、いくらでも支払いますよ。そのかわりもうお宅とは一切取引はしません。」と非常に立腹している様子であった。林は驚いて、三木ミノルタに赴き中川係長らに丁重に謝罪するなどしたが、顧客の怒りはおさまらなかった。その後、同社との新たな取引はない。

(三) ニッサン石鹸兵庫の件について

(1) 平成六年七月一三日にニッサン石鹸株式会社兵庫工場へのオーバーホールしたインクジェットプリンターの納入が予定されており、当初は本来の担当である福原サービスマンが行く予定であったが、差し支えが生じたため、新田課長は当日たまたま前記工場と同方向の顧客先に行く予定のあった債権者に対し、福原に代わってニッサン石鹸に納入に赴くよう指示した。

(2) ところが、ニッサン石鹸の川内課長から林に対し、翌一四日付けで抗議のファックス(<証拠略>)が入り、これと合わせて電話でも抗議がなされた。抗議の趣旨は、債権者に対し納入時の立ち上げと監視立ち会いを依頼したところ「私は納品のみで立ち上げはおたくでやってくれ。」と拒絶されたということであり、わざわざファックスと電話を入れてくるということからみてもニッサン石鹸が激怒していたことは明らかであった。

(3) 林が債権者に注意したところ、債権者は反省するどこか「納品とは何か、立ち上げとは何か、その定義を言ってくれ。納品の要請があったので、納品にいっただけのことです。」と逆にくってかかる有り様であり、全く反省の色がなかった。

(四) 極東エンジニアリング、トサカンの件について

(1) 極東エンジニアリングはミネラルウオーターの充填ラインを販売している業者であり、トサカンは極東エンジニアリングが右充填ラインを納入した取引先である。極東エンジニアリングは、債務者から購入したインクジェットプリンターを充填ラインとともにトサカンに販売した。そして、その納入は当初大崎が担当したが、機械の据え付けがうまくいかず、エラーが出たので、納入を完了することができず、大崎は次の予定があったため、代わりに債権者がトサカンに赴いた。

(2) ところが、平成六年九月五日ドミノインクジェット部大阪営業部マネージャーである渡辺隆春が極東エンジニアリングに赴き同社の富永技術部長と面談した際に、債権者の取扱い説明が不適切であったとの苦情が出た。富永技術部長の苦情は、「一度説明したからといってもすぐに一〇〇パーセント理解できるわけではない。ましてトサカンなどの現場の担当者は何度でも同じ説明をしてやらないと、なかなか分からないものですよ。難しい言葉を使って説明してもらっても、現場では受け入れられませんよ。」というものであった。右の不適切な説明をしたのが大崎ではなく債権者であったことは富永技術部長に確認している。

(五) モトヤの件について

(1) 渡辺は、平成五年八月二〇日顧客のモトヤ株式会社から預かっていたサンプル二枚(封筒入りのもの)と共にサンプル作成依頼書(<証拠略>)を債権者に交付したが、債権者はサンプルのうち一枚を落とし紛失した。

(2) サンプルの紛失は、債権者の不注意によるものであるが、債権者はサンプル紛失の原因はサンプル作成依頼書の書式にもあるとして、債権者に依頼する場合の書式(<証拠略>)を独自に作成し、営業マンに対しその使用を要求するようになった。

(六) スドージャムの件について

(1) 林は、平成六年七月一五日債権者に対し、顧客である株式会社スドージャム三木工場の印字サンプルの作成依頼をしたところ、依頼と異なる印字をした。依頼の内容は二つあり、一つは瓶の蓋の横に二段に上段に「製造日」、下段に「賞味期限」と印字するものであり、もう一つは上段に「製造年月日」、下段に「賞味期限」と印字するものであった。ところが債権者は、後者のサンプルを作成せず、前者だけを、しかも上段と下段とを逆にしたものを作成した。林が前者のサンプルについて、印字が違うことを債権者に指摘すると、債権者は「なぜダメなのですか。別にかまわないじゃないですか。」などと言っていたが、最終的には林の強い指示に従い、債権者もサンプルを作り直した。

(2) スドージャムから預かったサンプルの瓶の数は二四本であったが、債権者はそのうち二本を紛失したと、債務者は主張し、債権者はこれを紛失したことはないと主張して争っている。

林佳男作成のサンプル作成依頼書(<証拠略>)にはサンプルの数量欄には二八瓶と記載されており、債務者の主張するところと異なり、スドージャムから預かったサンプルの瓶の数が何本であったかを確定することができず、債務者の主張を直ちに採用することはできない。

(七) オリオンビールの件について

渡辺は、平成六年一〇月二一日、債権者に対し、オリオンビールのビール樽キャップのラベルの印字について、「既に印字してある黒インクの印字サンプルと全く同じ仕様でRD0703(赤インク)にて印字して下さい」との指示でサンプル作成を依頼した。しかし、債権者はサンプルに指示と異なる印字をした。渡辺の指示では、ドット数が「七×一〇」であったが、債権者は複数のサンプルのうち一部については「七×五」のサンプルを作成したし、文字間スペースは「シングル」との指示であったのに、債権者はダブルスペースにして作成した。

(八) 日本電装の件について

この件は、名古屋営業所から印字サンプルの依頼があり、債権者がサンプルを作成したが、競合会社である日立の作成したサンプルの方がよかったため、日本電装株式会社から断られた。名古屋営業所長の坂口が、何とかもう一度だけチャンスを与えて欲しいと日本電装に頼み込み、債権者がサンプルを再作成したが、これも受け入れられず、結果的に名古屋営業所の番が大阪まで出向いて再々作成をしたのであるが、時既に遅く、ついに注文を逸した。

債務者は、債権者が再作成したサンプルの出来が初回のサンプルよりもさらに不出来であった旨主張するが、本件手続きには作成されたサンプルが証拠として提出されておらず、債務者の右主張を一応認めることはできない。また、債権者の作成したサンプルが日立の作成したサンプルより劣っていたことについては債務者のプリンターと日立のプリンターとの性能の差もその原因の一つと考えられ、債権者のみを責めることはできない。

(九) 日本精化の件について

林は、平成六年六月二九日債権者に対し、日本精化株式会社の印字サンプルの作成を依頼し、債権者がこれを作成したものの、競合会社のものより明らかに劣ったため、やむを得ず新田と渡辺とで作り直したが、債権者はこのような事態となってもなんら反省の色を示さなかった。

債権者はサンプルを作成したのは債権者ではないと主張するが、サンプル作成依頼書(<証拠略>)は、前記(五)(2)に一応認定した債権者が作成した書式を使用しているのであるし、そのあて先も債権者となっているのであるから、サンプルを作成したのは債権者であると一応認められる。

(一〇) 極東エンジニアリングの件について

(1) 右(四)にみたとおり、平成六年九月五日極東エンジニアリング富永部長からトサカンにおける債権者の説明についての苦情があったのであるが、さらに平成七年一月二四日に極東エンジニアリングの衣笠大吉社長から次のようなクレームがあった。

極東エンジニアリングが、同社の取引先である岡山ミネラルウオーターとモスビヴァレッジの件について、サービスセンターに問い合わせたところ、電話に出た債権者が「モスビヴァレッジの件は東京でやっているので私は一切知りません。」と述べて、何の対応もしてくれなかったというのである。

このため、衣笠社長から渡辺に対し、「おたくの社内の担当がどうなっているのかは知らないが、問い合わせをしているのに『私は知りません。』の一言で終わりでは困ります。」と厳重な抗議があった。

(2) このようなことがあって、平成七年三月一三日、一四日次のような事態が発生した。

神郷カントリーはゴルフ場業者であるが、多角経営の一環としてゴルフ場の一角にミネラルウオーターの製造工場をつくり、ゴルフ場従業員の一部を工場長等に充てた。そして、右ミネラルウオーターの製造工場のライン一式を極東エンジニアリングが販売し、その際、債務者のインクジェットプリンターも納入された。

平成七年三月一三日、一四日の両日にわたり、債権者が現地に赴き、工場の責任者らにインクジェットプリンターの取扱い説明を行ったが、この説明の状況が常軌を逸したものであったため、極東エンジニアリング及び神郷カントリーの怒りを買った。

債権者は、工場の担当者に対し「今言ったでしょう。」とか「何遍同じことを言ったらわかるのか。」などときつい調子で担当者を責めるような言い方を繰り返したというのである。しかも、この時は現場に極東エンジニアリングの衣笠社長と、神郷カントリーの岡崎社長が偶然居合わせたのである。衣笠社長から林に厳重な抗議を申し入れてきた。

驚いた林は、神郷カントリーに赴き、岡崎、衣笠両社長に謝罪したが、両社長は「二度とあの人を出さないでくれ。」と訴えていた。林は、債権者に電話で注意したが、債権者は「私はちゃんと説明しました。」の一点張りで、全く自己の非を認めようとはしなかった。

その後、極東エンジニアリングからは、一九九五年四月七日付けで抗議の文書(<証拠略>)がファックスで送られてきた。右文書においては同社は「納入時に於ける取扱説明においても、一般に今迄使用した事のない客先に対する説明としては充分とは言えず、専門的な経験のある、貴社技術者のいわば一人よがりの説明に終始する場合が多く、客先不満も一再ならずあり、またとりわけ三月一三日、一四日の神郷カントリーにおける説明に至っては客先社長、取扱者の激怒をかい、設置者としての当社の責任も云々されるに至り、誠に困惑した次第で、今後の対応も含め、貴社としての御見解を示して頂きたく思っております。」としている。

(一一) 兵庫県経済農業協同組合連合会加西精米工場の件について

平成五年三月一日、林は、債権者を伴って、インクジェットプリンターの据え付け、立ち上げのために兵庫県経済農業協同組合連合会加西精米工場を訪問したところ、同工場の最高責任者であり、同工場にインクジェットプリンターを導入することを決定した田中工場長が出てきた。林自身は田中工場長とかねてより面識があったが、債権者は初対面であったため、林は債権者を田中工場長に紹介しようと引き合わせた。

林が、債権者に名刺を出して挨拶をするよう言ったところ、債権者はズボンのポケットに左手を突っ込んだまま会釈をするでもなく、つったったままで平然と「名刺がない。」と言うのみで挨拶もしなかった。

(一二) 関西急送株式会社の件について

債務者は、平成四年八月、株式会社ダイフクにインクジェットプリンター二台を納入し、同社は同年一〇月にシステムの一部として同社の顧客である関西急送株式会社に販売した。ところが、その後何回か機械のトラブルがあったため、債権者は平成六年五月三日及び同月二四日に修理のため関西急送に赴いた。

ところが、その直後、ダイフクを通じ、債務者名古屋営業所に対し、債権者の対応、特にその口の聞き方について強いクレームがあり、債権者を二度と関西急送に行かせないようにしてくれとのことであった。そこで、以後は債権者の同僚の北野が対応を行うようになった。

(一三) 三王ハウジングの件について

債務者は販売代理店であるマークテック株式会社から宮川工機株式会社を通して三王ハウジング株式会社にインクジェットプリンターを納入し、債権者が平成四年六月一六日に据え付けに行った。

債権者が平成五年六月二一日に修理に行った直後に、宮川工機から債務者名古屋営業所の坂口所長に対し、「今来ているお宅のサービスマンは、あれは何だ。」というきつい苦情があった。このため、坂口は債権者の上司である新田に連絡し、新田から債権者に厳重な注意と指導をした。

ところが、平成六年一月一〇日、名古屋営業所の坂口所長が、マークテックの安倍部長と共に、宮川工機の林営業部長に呼びつけられ、「三王ハウジングから、据え付け担当者である債権者の対応が悪く、二度とドッドウェルの製品を使いたくないとのクレームがあったので、然るべく対処して欲しい。」との依頼があった。具体的には、債権者が据え付け後の修理のために何回か同社に赴いた際、「(この故障の原因は)お宅の取扱いが悪い。」「こんな取扱い方をしたら壊れても当たり前だ。」などと、きつい調子で顧客を非難し、そのくせ自分は「(修理に必要な)パーツを持っていない。」とか、「こんなのは直せない。」などと言って、修理をしないで帰ってしまうことが再三あったため、三王ハウジングはひどく怒っているということであった。

2  1に一応認定した事実に基づいて、解雇理由が認められるか否かを検討する。右に一応認定した事実のうち、(六)スドージャムの件のうちサンプルの瓶を二本紛失したとの事実及び(八)日本電装の件については、それぞれ既に示した理由により、これらを解雇理由として認めることはできない。

しかしながら、右以外の一応認定した各事実によれば、債権者の勤務態度の不良や客先での不始末が継続しており、これまで何度も上司から注意されてきたが、これを素直に受け入れようとはせず、問題点は改善されなかった。これは、就業規則三九条二項(勤怠が不良もしくは勤務成績が著しく不良で、改善の見込みがないと会社が認めたとき)に該当するものと認められる。

それぞれの事実を個々にみれば、中には程度の軽微なものもないわけではないが、これらを全体としてみた場合には解雇理由として既に十分であり、これを理由とする解雇を解雇権の濫用とみることはできない。

二  争点2について

1(一)  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) ドッドウェル社とドッドウェル労働組合とは、平成五年七月一日「解雇及び配慮転換に関する協約」を締結し、その第一条は、解雇理由の制限の規定であり、五項では会社業務との関係での解雇理由を「組合員が会社の業務を著しく阻害し、若しくは会社に重大な損害を及ぼした場合」としている。また、その第三条一項は「第一条による解雇は組合との事前協議をなし、会社、組合双方の同意をもってこれを行う。」と規定している。

(2) ドッドウェル社は、英国法人であるが、一九七二年にインチケープ・グループに買収され、最近では日本支社を中心にその事業活動を行い、日本以外ではほとんど事業の実態がない状況であった。今回の分離再編成は、従来ドッドウェル社(日本支社)が行ってきた事業を分割し、各事業分野毎に独立した事業体(六社)としたものである。その六社とは、インチケープシッピングサービス株式会社、インチケープエンドアイリミテッド(日本支社)、インチケープマシナリーサービスリミテッド(日本支社)、インチケープマーケティングジャパン株式会社(債務者)、ドッドウェルマーケティング株式会社、ドッドウェルマーケティングコンサルタンツ株式会社である。

ドッドウェル社(日本支社)と債務者との間においては、前者の営業の一部(消費財事業、産業機材事業及び輸入車販売事業に関する日本における営業)について、平成七年三月一日をもって営業譲渡がなされた。

(3) 各新設会社は、ドッドウェル社(日本支社)の就業規則、労働協約、労働条件等を継承せず、就業規則、給与規定等も新たに制定された。また、ドッドウェル社日本支社所属の各従業員は、個別に新たな労働条件を承諾する旨の契約書に署名のうえ、各新設会社に移籍した。

分離再編成の方針を決定するに当たって、労働組合との事前協議等は行われなかったが、分離再編成の発表後、その実施までの間に団体交渉が行われた。右団体交渉において、旧労働協約が債務者や他の新設会社に引き継がれるものではないことは組合に通告され、これに対し組合からは特に異論は出されなかった。

(二)  以上に一応認定したところによれば、ドッドウェル社とドッドウェル労働組合との間で平成五年七月一日に締結された「解雇及び配置転換に関する協約」は、債務者には承継されていないものと認めるのが相当である。

2  なお、債務者は、本件解雇に当たって労働組合と事前協議を行い、その同意を得ている旨主張するので、この点について検討する。

(一) 本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

(1) 債務者においては、労使間の諸問題の処理や事情説明等は、人事部長又は人事課長と組合三役のいずれかとの間で協議、折衝を行うことが日常化している。債権者の本件解雇については、債務者の人事部長相原悦夫とインチケープ労働組合の菅野俊之書記長との間で協議が行われた。

(2) 第一回目の協議は、平成七年四月中旬頃に行われた。この時は、主として組合費の給与からの天引き等の件について、協議し、分離再編後の組合活動のあり方、労使関係のスタイル等についての話し合いもした。話し合いの最後に、相原から債権者の解雇について切り出し、極東エンジニアリングから厳しい苦情がきていること、債権者の処遇について社内で検討中であることを説明した。この時点では、債権者の処遇について最終的に決定していなかったため、具体的な話まではしていないが、菅野からは積極的な意見は出なかった。

(3) 四月二七日、再度協議し、相原は同月二六日付けで債権者に対し退職勧告を出したことを話し、退職勧告に至った理由と内容について説明した。菅野から「(債権者)がこれを受けない場合はどうするつもりですか。」との質問があったので、相原は「会社としてこれだけの経緯を経て、なお寛大な処置を拒否された場合は、解雇せざるを得ないでしょうね。」と述べたところ、菅野は「今までの状況から仕方がないですね。」と述べた。

(4) 五月一一日菅野が相原に対し、改めて解雇の内容について確認してきたので、相原は前回の協議後の事実関係について説明し、これに対し菅野からは格別の意見や反論はなかった。

(二) 菅野作成の七月一一日付け書面(<証拠略>)には、「会社側答申書にあった上野さんの解雇に関わる事前協議は一切ありませんでした。会社側答申書にある事前の事務折衝は確かに数回繰り返していますが、その間に上野さんに関しての話題が出たのは昨年にまで遡ります。・・・その後上野さんの解雇について私が知ったのは五月一〇日の上野さんからのFAXが初めてです。・・・答申書にある私の発言で『しかたがないですね。』の意味は、五月一〇日の上野さんと電話の後再度会社側と話しをしているときに、此の解雇を上野さんが不服として裁判等の抗議行動に出ることも考えられるのではと聞いたところ相原人事部長は受けてたつとまで明言した為、そこまで言うなら仕方がないという意味です。・・・」との記載がある。

右書面の通りであるとすると、事前の事務折衝は数回繰り返しておりながら、債権者の解雇に関わる事前協議は一切なかったことになるのであるし、また、『しかたがないですね。』の発言にしても、五月一〇日に債権者の解雇を初めて知り、事前協議がなされなかったことに抗議をするでもなく、『しかたがないですね。』で済ませることなど、労働組合の書記長の取るべき態度としては不自然極まるものというほかはない。

右書面の記載内容は採用することはできない。

(三) 結局、債権者の本件解雇については、債務者と労働組合との間で事前協議がなされ、双方の同意の上でなされたものと一応認められ、解雇手続きになんら違法はない。

第四結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、債権者の本件申立ては、理由がないから、却下することとし、申立て費用の負担につき民事保全法七条により、民事訴訟法八九条を準用して、主文の通り決定する。

(裁判官 小見山進)

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